コロナ流行直前の時だった。
とても貴重な連続休日を取って、フィンランドの友達に会いに行った時の事。
10時間程のフライトに、初めて会う友達に緊張しながらヘルシンキへ降り立った。
当時は所々工事中だったヘルシンキの空港。
足早にイミグレをサクッと通り抜け、荷物をピックアップしようと目標レーンに急ぐ。
と言うのも、友達が車でわざわざピックアップしてくれると言ってくれたからだ。
荷物レーンで待つこと20分経過。
スーツケースが1、2個流れてきてレーンがガタンと止まった。
・・・おかしい。
が、周りを見ても平然としている。
取り敢えずもうしばらく待ってみた。
10分経過。
また、レーンがガタンと鳴って荷物が1、2個流れてきた。
後、停止。
流石に何かあったやろーーーー?!
と周りを見渡すと、流石の外国人(ココでは自分が外国人か。)もざわざわし始めてた。
それから、間も無くしてアナウンスが入る。
フィンラン語の次が英語、英語の次に友達が生まれて初めて聞いたという日本語アナウンス。
どうも、グランドハンドリングのストライキらしい。
で、今日はどうにもならないので、急ぐ人は窓口に行って手続きして帰ってね☆
との事。
えーーーー…と半ば呆然として、ジョークじゃないのかを確認するために、
隣で平然とした態度でいたフィンランド人の家族に聞いてみた。
私「荷物は今日はピックアップ出来ないのですよね?」
Fin家族「そうなの。ごめんなさいね。ストは起きるとは聞いてたけど、急に起きるとは今回が初めてだわ。手続きならあっちで出来るわよ。いい旅になることを願うわ。」
本当だった。
仕方なく、既に長蛇の列が成している窓口に並ぶ。
その間に友達に多分、空港出れるの2時間後位だから折角迎えに来てくれたけど、帰ってゆっくりして。と長蛇の列を撮影した写真をラインで送った。
が、結局その後も待ってくれて、疲労困憊初日に色々連れ回してくれた。
ホテル戻ってバタンキュー。
良くも悪くも記憶に残ったフィンランドの旅だった。
結局、荷物が戻ってきたのは、帰国後2週間経ってからだった。
友達のお土産を積まれたまま…(苦笑)
今後、海外はちょっと厳しいだろうけど、行くなら手荷物に数日生活していけるだけの荷物は持っておこうと決心した。